夏越の祓を皆様はご存じでしょうか。
夏越の祓は、六月三十日前後に行われる日本古来の神事です。
多くの人は半年分の厄落としや、茅の輪くぐりの日として認識していますが、実はそれだけではありません。
今回はあまり知られていない意味について語らせていただきます。
夏越の祓のスピリチュアルな意味とは?
・夏越の祓は浄化よりもリセットの意味が強い
一般的には穢れを落とす行事として説明されます。
しかし古神道的な考え方では、悪いものを追い出すとか、罪を消すというよりも、半年間で乱れた心身のバランスを元に戻すという意味合いが強いんです。
人は生きているだけで、ストレスや怒り、嫉妬、執着、不安を少しずつ蓄積します。
夏越の祓は、それらを一度区切り、後半戦を新しい気持ちで始めるための日なのです。
編集スタッフが京都を歩き、見たこと、聞いたこと、体験したことを地元スタッフならではの目線で綴ったスタッフブログ。…
・本当の穢れとは疲労
古来の穢れは、必ずしも悪霊や呪いではありません。
語源の一説では、気が枯れる、つまり気枯れとも言われています。
やる気が出ない、疲れが抜けない、何となく運が停滞しているという状態も穢れの一種と考えられていました。
そのため夏越の祓では、神社への参拝だけでなく、睡眠や休養、温泉、自然の中で過ごすことも重要視されます。
・茅の輪は結界である
茅の輪はただの飾りではありません。
古来では、災厄の世界と新しい世界の境界を表す結界と考えられてきました。
輪をくぐる行為は、過去半年から未来半年への移行儀式です。
そのため、形式だけで急いでくぐるよりも、ここから流れを切り替えるという意識を持つ方が本来の意味に近いとされています。
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・水の力が強まる時期
六月は梅雨の季節です。
スピリチュアルな世界では、水は浄化、再生、感情の解放を象徴します。
夏越の祓が水無月の終わりに行われるのは偶然ではなく、自然界の水のエネルギーが強まる時期と重なっているからです。
そのため、川辺を散歩する、湧水に触れる、温泉に入る、雨音を静かに聞くといった行為も浄化の象徴とされます。
・人形は身代わりの意味だけではない
神社で配られる人形に名前を書いて息を吹きかける神事があります。
これは単純な厄払いではなく、今の自分を客観視する儀式という側面もあります。
人形は分身です。
そこへ穢れを移すというより、半年間の自分自身を振り返る意味合いも含まれています。
夏越の祓の日に行うとよいこと
・半年間の棚卸しをする
まずはできたこと、続いたこと、やめたいこと、後半に挑戦したいことなどを紙に書き出します。
そして神事と目標設定を組み合わせると区切りが明確になります。
・神社で茅の輪をくぐる
私も毎年必ず茅の輪はくぐるようにしておりますがあなたも神社へ足を運び、茅の輪をくぐることをお勧めします。
近年は全国の神社で実施されています。
代表的な神社では、明治神宮、出雲大社、住吉大社などでも夏越大祓が行われています。
潜り方については以下の通りです。
① 茅の輪の前で一礼
↓
② 左回りに一周して戻る
↓
③ 茅の輪をくぐる
↓
④ 右回りに一周して戻る
↓
⑤ 再び茅の輪をくぐる
↓
⑥ 左回りに一周して戻る
↓
⑦ 三度目に茅の輪をくぐり、そのまま拝殿へ向かう
これを上から見ると「∞(無限大)」や「8の字」のような軌跡になります。
そして意外と知られておりませんが大切なのは潜り方よりも
「作法そのものよりも祓いの心が大切」です。
これは神社本庁も含め、多くの神職もおっしゃられておりますから絵。
参拝者の中には、間違えたからもうだめだという人もいますが、それだけでご利益がなくなるわけではありません。
本来は、半年間の感謝や心身のリセットを残り半年の無事を祈る神事だからです。
ですのでこの三つの気持ちもしっかりと持ってくぐることをおすすめいたしますよ。
・水無月を食べる
こちらもできれば行なっていただきたいものです。
六月三十日に食べる和菓子、水無月は、三角形が氷を表し、小豆には邪気払いの意味があると伝えられています。
水無月は夏越の祓を象徴する食べ物です。
ただし、あまり好きではないのであれば無理に食べる必要もございません。
無理やり食べても逆効果になることがございますからね。
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・感謝を伝える
神道では祓うだけでなく、ここまで無事に過ごせたことへの感謝も重要です。
半年間を振り返り、家族や友人、仕事、自然への感謝を意識することで、夏越の祓はより意味深いものになります。
まとめ
夏越の祓は、悪いものを追い払う日というより、上半期の自分を終わらせ、下半期の自分へ生まれ変わる節目の日と捉えると本来の意味に近くなります。
厄払いそのものよりも、立ち止まって半年を振り返り、流れを切り替えることこそが、重要なのです。
この日を境にして、あなた自身の心の内側にある重荷を下ろす作業をしてみてください。
何をするにも、ご自身の気持ちが一番の道しるべとなります。
神社へ向かう際は、誰かと競う必要はありません。
あくまで自分自身と向き合うための、あなたのための大切な時間です。
もし疲労を感じているのであれば、無理に遠くの有名な神社へ行くことよりも、身近な場所で静かに過ごすことを優先してもよろしいのです。
大切なのは形式の完成度ではなく、あなたがどのような意識でこの節目を迎えるか、その一点に尽きます。
半年という時間は、決して短いものではありません。
その間に積み重ねた経験や、時に味わった葛藤も、すべてはあなたの今の糧となっています。
後半戦に向けて、どのような姿勢で挑むのか。
この六月三十日の夜に、ご自身と静かに語り合ってみてください。
その積み重ねが、次なる半年を形作っていくことでしょう。
あなたが、新しい気持ちで七月を迎えられることを願っております。



